がんになっても-希望と新しい生活

2009 年 11 月 24 日 火曜日

がんと難病の二重苦にも負けない生き方の秘訣ジャーナリスト・柴野徹夫さん

カテゴリー: 闘病記 — daxig @ 11:23 AM

なぜ、そのために明るくできるの? 不思議な人がいる、と耳にした。 がん患者なのに落ち込むこともなく、いつでもニコニコして歌を口ずさみ、意欲的に仕事をしている、というのだ。 以前この連載で、詩人・福島登さん(73歳)を紹介した。肝臓がんの末期を生きる中で、初の詩集を上梓された。作品の高い価値を認め、出版を実現させたのが、ジャーナリストの柴野徹夫さん(67歳)だ...[続きを見る]

2009 年 11 月 23 日 月曜日

がんに負けなかったケーシー・ランキンさんのがんとの向き合い方2人のドクターを「おうえん団長」にし、末期の食道がんで3年生存

カテゴリー: 闘病記 — zhy198 @ 11:23 PM

けーしー・らんきん 1946年、米国カンザス州生稀。 トランペット奏者の父とピアニストの母のもとで7歳からピアノを習う。 10代で日本人の妻・ヒロコさんと結婚し、71年から日本に永住。以来、さまざまな音楽活動をし話題を呼ぶ。 79年、吉野藤丸さんとともに「SHOGUN」を結成。デビュー曲『男たちのメロディー』は50万枚を売る大ヒットを記録し、終わりデンシングル大賞、終わりデン作...[続きを見る]

2009 年 11 月 16 日 月曜日

思いもよらなかった術後の後遺症。そのためにも彼女は生きる意味を探し求めた「1人じゃないよ」30代でがんを患った女性が贈る“生きる”メッセージ

カテゴリー: 闘病記 — rootzz @ 11:47 PM

さ暗い 加えてみ 2004年夏、37歳で乳がんが発覚。その後、自らのがん体験や社会スキルを活かして小児がん・若年性がん患者の自然遊びの会(ボタニカルキッズクラブ)を始動。設立1年を契機にNPO法人化。自ら仕事を持つ傍ら、現在、NPO法人HOPEプロジェクト理事長として、サバイバーシップの啓発・普及を目指して、日々奔走中 HOPE★プロジェクト発足 すっかりの人が共生刷る社会へ ...[続きを見る]

2009 年 11 月 11 日 水曜日

悪性リンパ腫のとうびょうから丸4年。作詞家・杉紀彦さんが見出した大河の一筋「病人であり健常人」そのため人生を大切にしたい

カテゴリー: 闘病記 — feili2006 @ 11:11 AM

杉 のりひこ 1939年9月17日、東京都生稀。 ほうそう作家・作詞家・演出家・詩人・ラジオパーソナリティー。 しょうねん時代を能登で過ごす。国立千葉大学文理学部卒。 NHKをはじめ民放各局、商業劇場などで多くの番組、ステージの構成・演出に関わり、現在に至る。 作詞は400曲以上、代表作に『甘い囁き』(パローレ パローレ=中村晃子・細川俊之)、石原裕次郎『おれの小樽』『昭...[続きを見る]

2009 年 11 月 5 日 木曜日

顽固そ人生の意味と向き合う絶好のチャンスです臨床心理士、立命館大学教授・高垣忠一郎さん(59歳)

カテゴリー: 闘病記 — hotblog @ 11:36 PM

がんを「簡単に切り取られたくない」 10月半ばの京都は、初冬の冷え込みだった。夕刻の立命館大学のキャンパスには、マフラーを巻いた女子学生の姿も見える。 高垣忠一郎さん(59歳)は大学院で、臨床心理士(カウンセラー)を目指す学生たちを教えている。 研究室をたずねると、インドのお香が漂う部屋の奥から、高垣さんが現れた。一見、平凡な紳士しかし、「がん」のとらえ方は...[続きを見る]

2009 年 10 月 27 日 火曜日

がんとうびょう10年で会得した「老いてはがんに従え」の境地悪性リンパ腫と共生しながら水彩画の楽しさに目覚める

カテゴリー: 闘病記 — jekey @ 10:58 AM

さとう あきら 昭和17年、東京生稀。 早稲田大学政治経済学部卒業後、広告代理店、出版社などを経て、昭和46年、日本マクドナルドに入社、マーケティング部長。 昭和52年、日本ケンタッキー・フライド・チキンに転じ、常務、専務、代表取締役を歴任し、平成15年~19年、同社顧問。 その間、平成16年~17年、法政大学経営学部非常勤講師を務めた。 平成10年に悪性リンパ腫を発症し、現...[続きを見る]

2009 年 10 月 23 日 金曜日

「どん底」を味わったから、今、前向きになれるがん患者と家族の会「かざぐるま」代表・結城富美子さん

カテゴリー: 闘病記 — keaifengyu @ 10:23 AM

“余命は2週間から2カ月” 3年ほど前、沿う診断された末期肺腺がん患者の結城富美子さん(53歳)。そのリハビリテーションには、目を見張るものがある特定され。今じゃ、すごくふつうの日常生活を送っているのだ。 ショートヘアに銀縁眼鏡、きっちりとした身だしなみが、元銀行員らしい。尼崎市内の自宅で、夫・俊和さん(53歳)と長女・さやかさん(20歳)と暮らしている。長男・...[続きを見る]

2009 年 10 月 22 日 木曜日

フォトグラファー谷沢淳が語る米国と日本をこのとのことでかけた慢性骨髄性白血病との戦いの軌跡ふたたび南カリフォルニアの大波に乗る日を夢見て

カテゴリー: 闘病記 — kunsan @ 10:22 PM

やざわ じゅん 栃木県小山市生稀。麗澤大学卒業。 2001年渡米。写真・サーフィン映像編集に携わる。 2005年5月、慢性骨髄性白血病移行期の診断。6月末、日本帰国。 2006年6月、造血骨髄幹細胞移植。 自然写真と詩を合わせた作品がライフワーク。 太腿の内出血 サーフィン関連の映像編集を手がける傍ら、ネイチャー・カメラマンとして多忙な日々を送っていた谷沢淳さんが、慢性骨髄...[続きを見る]

2009 年 10 月 15 日 木曜日

自分を面白がらせてみましょうよ胃がんから3年、笑いの世界を生きる落語家 林家木久蔵さん

カテゴリー: 闘病記 — jekey @ 10:46 PM

はやしや きく像 昭和12年東京日本橋生稀。 食品会社工場勤務、から、清水崑門下へ入門、漫画家となる。 のち、先代桂三木助門下へ入門、落語家となる。先代三木助氏没後、林家正蔵門下へ移る。 昭和47年真打ち。 全国ラーメン党会長、画家とさまざまな顔を持つ。平成7年からはリウマチ患者のための落語会も行っている。 超多忙スケジュールを縫って、お腹を切って、縫って 平成12年...[続きを見る]

2009 年 10 月 11 日 日曜日

がん体験、うつ体験から学んだ「無理をせず、休む」というゆとり社会言語学者・佐藤優里(かな)さん

カテゴリー: 闘病記 — gmxx @ 10:11 PM

がんは「本当に大切なもの」を再発見刷る機会を与えてくれた 無理解とへん見から、病名を公表できない マスメディアじゃ連日のとのことでがんの話題が採り上げられ、2006年6月にはうっかりに国会で「がん対策基本法」が成立。一見、がんという病気や患者に対刷る理解は進んでいるとのことでみえるが、世間への浸透度は同様に、というのが実情じゃないだろうか。 そのため中、職場や...[続きを見る]

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