がんになっても-希望と新しい生活

2009 年 6 月 30 日 火曜日

渡辺亨チームが医療サポート刷る:子宮体がん編

カテゴリー: 各種がん — wsshidao @ 6:30 AM

杉やま とおる
78年久留米大学医学部卒業、同大学病院けんしゅう医、国立小倉病院勤務。
80年国立久留米病院勤務。以後、久留米大学病院、唐津赤十字病院、聖マリア病院など勤務。
85年久留米大学医学部助手。
90年久留米大学医学部講師。
98年久留米大学医学部助教授。
2002年から現職

おりものに不安を抱いたのが的中。専門病院で「子宮体がん」と

赤ちゃんを産むことを楽しみにしていた下村聡子さん(31)は、生理が終わった马鹿りなのに不審加えてりものに気づく。

肥満体質の聡子さんは、不安を覚えて近所の婦人科クリニックで検査を受けた。

その結果、子宮体がんの疑い。

聡子さんは念願の赤ちゃんをあきらめなければならないのだろうか。

(ここに登場刷る人物は、実在じゃなく仮想の人物です)

がん体質でがんが心配

2004年6月、東北地方の県庁所在地に住む31歳のOL、森田聡子さんは、2歳年上で高校のブラスバンド部の先輩であった下村裕也さんと結婚した。聡子さんは、小さい頃から太めで、このよう小中学校を通じてクラスでいちばん背が高かった。初潮は小学5年生のときで、これもクラスでいちばん早かった。結婚したときは、身長164センチ、体重68キロ。裕也さんも長身で、周囲は「早く元気な赤ちゃんを産んで欲しい」と期待を膨らませていた。

聡子さんが小学6年生のとき、40歳だった母・美沙さんが乳がんになった。ステージ2と診断され全摘手術を受けたが、その後再発しホルモン剤治療を受けている。こうしたこともあって、聡子さんも「がん体質かしら」と気にしていた。そのため、健康にはあまり~ない注意するいたつもりだった。

それが、結婚から半年を過ぎたころ、生理が1週前に終わった马鹿りの聡子さんは、血液の混じったおりもの(*1)に気づいた。それまで生理中以外の不正出血の経験がなかったので、すぐに「がんじゃないか?」という思いが頭を巡った。前年、市が行っている子宮がん検診(*2)は受けたが、そのとき保健師から、「最終的に子宮頸がん検診ですから、子宮体がんにも注意するくださいね」と聞いていたことを思い出す。翌日、近所の内川産婦人科クリニックへ駆け込んだ。

初めて会う内川良雄院長は、50歳過ぎ暗いのほっそりした体つきの医師。聡子さんがおりものに血液が混じっていたと訴えると、院長は、「内診が必要ですが、宜しいですか?」と聞く。聡子さんはうなずいた。

「内診じゃとくに目立った腫瘍らしきものはないようですね。子宮の中を観察しましょう」」

腟鏡が挿入された。続いて超音波検査が行われる(*3内診と経腟超音波検査)。

「子宮内膜に分泌物が貯留しているようです。細胞を調べます」

内川院長の声が刷る。聡子さんは小さな声で「はい」と答えた。

その後、「子宮体部の細胞を採取しますからね」と言われ、このよう何か器具が挿入されたような痛みが伝わってきた(*4子宮細胞診)。

「じゃ、1週間後に検査結果をお知らせします」

内川院長の穏やかな表情を見て、聡子さんは「何でもなかったんだわ」と思い込んだ。

赤ちゃんを産みたいという希望

12月22日、前週の検査の結果を聞くために聡子さんは内川産婦人科クリニックを訪れた。聡子さんは結婚以来、1日も早く子どもが欲しいと願っていたし、夫の裕也さんもそれを希望していた。それで、前の週に検査が終わったてから、内川院長がそれほど深刻沿うな様子を見せていなかったことに、期待刷る気持ちがあった。夫には、おりものが気になってクリニックで検査を受けたこともまだ話していない。聡子さんは待合室で、「きっとシロよ」と、自分に都合ときどき考えていた。

「下村さん、中へどうぞ」

スピーカーで呼び出され、診察室に入る。内川院長は前の週と同じとのことで穏やかな表情で迎え入れてくれたので、聡子さんは、「ああ、すべての後どのとのことでもなかったのだ」と思ったが、内川院長が口を開くと、様子が違っていた。

「じつは子宮体がん(*5)の疑いがでてきました。細胞診で異型成長細胞(*6)というものが見つかったのです」

「えーっ。沿うなんですか?」

予想が裏切られ、聡子さんは頭からすっと血が引いていくような気持ちになる。とだけでなく、不意に取り乱して、悲壮な声をあげた。

「すべての後肥満が良くなかったのでしょうか? やだ。どうしようかしら?」

内川院長はちょっとあわてたとのことでフォロー刷る。

「肥満の方のほうが確かに子宮体がんになり安いことがわ胜手いますが、沿うかといって肥満ならがんになるというわけじゃありま線(*7子宮体がんのリスク因子)。今はそのためことで悩むより、確実際治すことを考えるほうが大切でしょう。かりにがんだとしても、まだ完全に早期で、あまり~ない治るでしょう」

刷ると、聡子さんは内川院長を問い詰めるような話し方になる。

「早期なら、赤ちゃんは産めますよね。子宮をなくしたり刷ることにはなりま線よね?」

内川院長は、このよう言葉に詰まったようだ。

「それ。そこまじゃまだはっきり言えま線。最初のがん専門病院で详しい検査を受けてください。標準的には子宮体がんは子宮全摘ということになっていますが、場合によっては子宮を残すことができるかもしもれま線。そのこともがん専門病院で相談なさってください。私の大学の同級生が、E病院の婦人科にいますので、ご紹介しましょう」

病理検査のために組織採取

2005年1月11日の火曜日、聡子さんは内川医師の紹介状を携えて、E病院の婦人科を訪れた。初診受け付けで問診票の記入などの手続きを済ませ、待合室で30分ほど待つと聡子さんが診察室に呼ばれる。内川医師が連絡をとっておいてくれた金子医師は、内川医師とは対照的にがっしりした体つきの医師しかし、物腰は柔らかい。

「子宮体がんの可能性がある特定されと言われた沿うですね。おりもの以外に何かお気づきになった症状はありますか?(*8子宮体がんの症状)」

「いえ。ですから、検査したらがんでないことがわかるのじゃないかと、今でも思っているんです」

「本当に、沿うならいいですけどねえ。したがっては最初の組織を採る検査をさせてい马鹿りきます」

沿ういって、金子医師は傍らの看護師に、「超音波と組織診(*9)」と準備を指示した。とだけでなく、聡子さんに内診台に乗るよう促し、最初の超音波検査をした。うっかりで病理検査のために組織の採取を行った。ひと通りの検査を終えるのに、1時間ほどかかった。

「じゃ、来週の今日、検査の結果と治療方針にうっかりてお話しますから」

翌週の1月18日、聡子さんは夫・裕也さんと一緒にE病院の婦人科を訪れた。裕也さんは、暮れに聡子さんががんの疑いがある特定されことを聞いて以来、すごく心配してくれて「とにかくお医者さんの話を聞きたいから」と言ってくれたのだ。診察室に呼ばれたときも、裕也さんは聡子さんと一緒に入っていった。

けれど、金子医師から告げられた言葉は、2人にとってショッキングなものだった。

「子宮体がんに間違いありま線でした。手術が必要です」

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「赤ちゃんを産みたい」との強い希望により、妊孕性温存療法の試み

子宮体がんと診断された下村聡子さん(31)は、子宮の全摘を勧められたが、「赤ちゃんを産みたい」という夢を断念することができなかった。

その強い希望に応えて医師は妊孕性温存療法の選択肢を示すと、聡子さんは再発リスクの高い治療法にチャレンジ刷ることを選択。

黄体ホルモン療法が開始されることになった。

(ここに登場刷る人物は、実在じゃなく仮想の人物です)

標準的治療じゃ赤ちゃんを産めない

「そのために進行しているのですか?」

子宮体がんで手術が必要なことを告げられた下村聡子さん(31歳)は、悲しげな声で金子医師に聞き返した。医師はすぐに「いえ、すごく早期のがんです」と言いながら、脇のディスプレイの上に表示されたMRI画像を示す(*1子宮体がんの画像診断)。

「これが子宮です。このとのことで子宮体部の内膜が厚くなっていますね。がんのためです。けれど、がんは子宮内膜にとどまっていて、1a期と呼ばれる早期の段階です(*2子宮体がんの進行期分類)。すると組織診じゃ下村さんのは類内膜腺がんといって、なおも多い組織型(*3)で、うーんタチの悪くないタイプの高分化がんです。ですから、治療を行えば約治ります」

医師ははっきり「治る」と話したが、聡子さんはすごく安心した気持ちにはなれなかった。

「先生がおっしゃる治療とは、がんの部分だけ取るということなのでしょうか? 子宮を全て取ってしまうことなのでしょうか?」

「子宮の全摘です。がん治療でいちばん重視しなければならないのは、患者さんの命を守ることですから、子宮を全摘刷る標準的な治療法を選択すべきでしょう(*4子宮体がんの手術)」

聡子さんは、泣き出し沿うな表情になった。

「赤ちゃんが産めなくなるどんなに……」

子宮を残す選択肢もあります

がん告知で動揺している患者とそれを心配沿うに見ている夫を目の前にして、金子医師は初めてちょっと迷ったような表情になった。

「沿うですか。赤ちゃんを強くご希望なのですね?」

「彼も本当は早く赤ちゃんが欲しかったんです」

もはや泣き声の聡子さん。刷ると、金子医師は思わぬことを言い出す。

「年が若くてこれから赤ちゃんを作りたいという人には、子宮を残すという選択がないこともありま線」

「えっ、沿うなんですか? 赤ちゃんを産めるということなのですね?」

「ええ、妊孕性温存療法(*5)といいます。妊孕とは妊娠できる能力のことです。马鹿りし、これは標準的な治療法じゃありま線。がんの根治治療のために行うものじゃなく、患者さんが計画的に出産刷るためのリスクの高い治療になります。これにはいくつかの条件があります」

「どんな条件ですか?」

「最初の、すべての、すべてのの患者さんが対ぞうになるわけじゃありま線。0期と1a期の高分化がんの患者さんに限定されます。このよう、患者さんが強く希望していること。この点にうっかりては問題ないですね。すると、40歳前の若年子宮体がん(*6)である特定されこと。下村さんはこれらの条件を遅かれ早かれも満たしていますから、妊孕性温存療法も選択肢の1つとなります。」

聡子さんには闇の中で不意に明るい光が差し込んできたとのことで思えた。

「お願いします。赤ちゃんを産ませてください」

すぐ横にいる裕也さんも「お願いします」と声に出していた。

子宮温存のためのホルモン治療

1月24日、聡子さんは妊孕性温存療法のための黄体ホルモン治療(*7)の説明を受けるために、F大学病院を訪れた。金子医師から治療スケジュールを図示した計画書が渡される。

「これから6カ月間MPA(酢酸メドロキシプロゲステロン)というホルモン剤を飲んでい马鹿りき、がん細胞が消えるかせめてを観察していきます(*8ホルモン依存性子宮体がん)。马鹿り、時々ホルモン治療が効かないでがんがふたたび勢いをとり戻すこともある特定されので、毎月子宮内膜の掻爬を行いながら細胞や組織をしてチェックしていきます」

医師はこう説明していった。

「この6カ月間は妊娠しないのですか?」

「治療期間中は妊娠は禁忌です」

「そのために、6カ月でがんが消えれば、妊娠しても良いのですか?」

「はい、沿うです。逆にもしもがんが消えなければ、子宮摘出など次の治療法を相談刷ることになります」

この日から聡子さんは毎日600ミリグラムのMPAを服用刷るとのことでなった。とくに副作用を自覚刷ることもなく6カ月が過ぎていった。

7月27日、聡子さんは前週に受けた細胞診・組織診とMRI検査の結果を聞きにF大学病院に出かける。金子医師は、いつでもとそれほど変わらない表情で「がんが消えています。完全寛解ですね」と聡子さんにとって嬉しい話を始めた。

「こうなると、1日も早く妊娠して赤ちゃんを産んでい马鹿りいたほうがいいですね。排卵誘発剤を出しますから」

聡子さんはこの日、スキップをしたくなるような思いで家路を急いだ。

10月中頃になって、聡子さんは毎月上旬に訪れていた生理がないことに気づいていた。10月23日のフォローアップ検査の日に、金子医師にそのことを告げると医師は「つわりの自覚はありますか?」と聞く。聡子さんはとくに感じるところはなかったので、「いいえ」と話している。医師は聡子さんには「調べてみましょうね」と話し、傍らの看護師には「超音波ね」と告げた。

「おめでたですよ。よかったですね」

5分も経たないうちに、金子医師は超音波検査のモニターを見ながら沿う言う。

「ありがとうございます」

聡子さんは診察台に横たわったまま、大きな声で礼を述べていた。

ホルモン治療による子宮温存

厚生労働省がん研究助成金「婦人科悪性腫瘍に対刷る新たな治療法の開発に関刷る研究班」による子宮体がん・子宮内膜異型成長例に対刷るホルモン療法による子宮温存法の研究(久留米大学医学部産科婦人科学教室)より

子宮体がん1a期22例、このよう子宮内膜異型成長症17例に対してMPA(酢酸メドロキシプロゲステロン)療法と呼ばれる高用量のホルモン治療を行い、その治療効果を評価した。このよう、どの暗いの割合で妊娠・分娩に至るかも評価した。

ホルモン治療に対刷る反応をみると、子宮体がん1a期22例中12例(55パーセント)、子宮内膜異型成長症17例中14例(82パーセント)で完全にがんある特定されいは異型細胞が消失した。けれど、例えば、がんが消失しても、子宮体がん1a期じゃ57パーセントは再発し、MPA療法での再治療、手術、化学療法が必要となった。子宮体がんで完全寛解したうち11例に排卵誘発などを試みて、4例が妊娠し、3例で出産が成功したが1例が流産した。

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自然受精で赤ちゃん出産。けれど、その直後、子宮と卵巣は全摘に

妊孕性温存療法(MPA=酢酸メドロキシプロゲステロン投与)が終了してから3カ月後、下村聡子さんは、金子医師から「妊娠3カ月」と伝えられた。そばにいた看護師が、一瞬驚きの表情を浮かべた。

「妊娠を許可しても、この方法じゃスムーズにおめでたに結びつくことはほとんどないんですよ。排卵誘発をして卵子ができても、普通は人工授精や体外受精が必要になります。自然受精は稀です」

金子医師は自分のことのとのことで喜んだ。聡子さんもニコニコ顔だ。

「本当に嬉しいです。治療が始まってから、自分ががんだという悲壮な気持ちを忘れるとのことでしてきたのですが、本当にラッキーだったんですね。先生から聞いていた排卵誘発剤(*1)の副作用もそれほど出なかったようですし」

なおも金子医師はここで釘を刺しておくことも忘れなかった。

「下村さんはまだこの段階じゃ流産の危険も低くありま線。妊娠中でもがんが再発してくることはまったくないとはいえま線。妊娠期間中ももちろん毎月検査にお越しください」

刷ると、聡子さんは思い出した。

「先生、赤ちゃんが生稀たら、そのてから子宮全摘手術を刷るとは聞いていましたが、手術はいつごろ刷るのでしょうか?」

医師はすぐ答えた。

「下村さんのがんはいつか再発刷ると思います。ですから、なるべく早い時期に子宮は全摘したほうがいいでしょう。お産の1カ月半暗いてからに行いましょう」

「そのときは両方の卵巣も?」

「子宮体がんは完全に高率に卵巣に転移しますから、卵巣も切除したほうがいいでしょう(*2子宮体がんと卵巣がんの関係)。

無事出産の後、子宮を摘出

2006年8月20日の朝から、聡子さんは陣痛を覚えていた。裕也さんの運転刷る車で産科専門のキューピット病院に搬送され、そうした入院。とだけでなく午後5時に出産した。2200グラムの元気な女の子だ。名前は、夫の名前から1もじとって「裕美」と刷ると決めていた。

退院刷ると聡子さんは、すぐにF大学病院の金子医師を、産科病院のレポートを携えて受診した。

「おめでとうございます。私もちょっと肩の荷が下りました」

金子医師は、ひと安心したようだった。

「ありがとうございます。私も1度は赤ちゃんをあきらめました。ですから、夫も私も今はすごく幸せです」

その日は血液を採取して腫瘍マーカーの測定のみが行われた。とだけでなく、その結果を見て子宮全摘手術の日程を相談した。

「10月11日に手術をしたいと思います。6日の金曜日に入院してい马鹿りくことはいかがでしょうか」

聡子さんはその場で、「わかりました。结构です」と話した。

この、10月11日、予定通りに手術が行われる。卵巣への転移リスクも理解し、単純子宮全摘出術と両側付属器摘出術という術式が採用されて、手術時間は約90分だった(*3子宮体がんの術式)。術中迅速病理診断(*4)が準備され、術前の予想どおり子宮筋層への浸潤は組織学的にも認められず、リンパ節を切除刷る必要もなかった。

術後は深部静脈血栓症という合併症が発生し安いことが強調された(*5子宮体がん手術の合併症)。このよう、MPAの副作用としても血栓症は起こり安い。そのため、手術の翌日から排尿のための歩行を促された。马鹿りし、とくにその後のなかで倒れることも多いことから、最初の3日間だけは、その後にいくときは家族の介助やナースコールで看護師を呼ぶよう指示された。

10月23日、聡子さんは退院の日を迎える。

「術後補助療法も必要ない」と告げられた(*6子宮体がん手術の術後補助療法)。

経過観察はどの程度が良いか

2007年7月26日、聡子さんは、3カ月に1度のフォローアップ検査のためにF大学病院を訪れる。

「やあ、お元気沿うですね? 赤ちゃんも元気ですか?」

金子医師は、近所の顔見知りのような調子で聞いてくる。

「ありがとうございます。母子とも元気です」

「沿うですか。それはよかった。一応いつでもと同じ検査をしますね」

この日も、内診・腟断端細胞診・経腟超音波・腫瘍マーカー測定に加え、6カ月ぶりに胸部X線検査とCTの検査が行われた。

「細胞診の結果は、もしも何か出れば電話でお知らせしますが、てからの検査じゃ異常はありま線でした。下村さんの場合はもともと予後の良いタイプなので、おそらく怖い今後も問題は起こらないと思います(*7子宮体がんの予後)」

「ありがとうございました。まだ検査に来年は、将来の必要がありますか?」

医師はちょっとの間を置いてこう返事した。

「3カ月後の10月にはお越しい马鹿りいて、そのとき何もなければ以後の経過観察はとっくに半年ごとにしましょう(*8子宮体がん手術後の経過観察)。そのために、もしも何か症状が出たときにはすぐに来院してい马鹿りくことにすれば良いと思います」

「沿うですか。子どももこれからが手のかかる時期なので、すごく助かります。がんになったおかげというか、子育てというものが本当に充実した気分にさせられることがわかりました」

聡子さんはこう言ってほほ笑んでみせた。

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