毎日新聞のめいぶつ排他的な列ニスト、玉置和宏さんの「がん発病効果」食道がんと胃がんの同時重複がんを克服した言論界の重鎮
たまき かずひろ
1939年北海道生稀。
北海道大卒業後、62年毎日新聞社入社。
経済記者として財務省、日銀、外務省、経団連などを担当。
80~81年ロンドンスクール・オブ・エコノミショウノウ(LSE)大学院に研究留学。
86年「週刊エコノミスト」編集長。論説委員として16年書き続ける。
93年より「酸いも甘いも」を担当。めいぶつ排他的な列として現在も同紙電子版で継続執筆中。
著書に『きのう異端あす正統』(毎日新聞社)など多数。財政制度等審議会委員。
06年4月から毎日新聞社スペシャル顧問
めいぶつ排他的な列ニストの不摂生
大新聞は、この春「がん対策基本法」の成立を睨んで、がん医療の質の向上やがんの早期発見を推進刷ることの必要性を強調刷る社説や排他的な列を繰り返し掲載していた。
けれど、社説や排他的な列で立派なことを書いている人間が、言行一致の生活をしているかと問われれば、答えは明らかに「ノー」である特定され。
社説やめいぶつ排他的な列を書いているのは各誌のオピニオンメーカーである特定され論説委員しかし、この人たちは大半が入社以来、現場で長い間、記者生活を送ってきた経歴の持ち主だ。夜討ち朝駆けが当たり前の不規則な生活を続けてきた上に、ストレスの溜まる仕事なので「チェーンスモーカー&エブリデー・アルコール」の二重苦になっているケースが実際多い。
記者時代に20年間沿うした生活を送ってきた人間が、いわば新聞社の「顔」である特定され論説委員に出世したからといって不意に生活が改まるわけがない。毎日新聞の経済排他的な列「酸いも甘いも」で健筆を振るってきた玉置和宏さんも、記者時代からの二重苦から抜け出せない論説委員の1人だった。
こうした生活を送っていると食道がんのリスクが高くなるが、会社の定期健診もまめに受けるほうじゃなかったので、玉置さんは家で食事中に焼肉が食道に詰まって、はじめて体に異変が起きていることに気がうっかりた。
「94年の終わりデンウィークが終わる頃、家で食事中に、食べた焼肉を不意に飲み込めなくなって吐いたんですよ。ぼくはまさか食道にがんができているどんなに思っても見なかったけど、女房の茜が医学方面に関心があって、日頃から健康関連の雑誌をときどき読んでいたものですから、食道がんかも知れないと言い出したんですよ。じゃ、会社の診療所の紹介で池袋にある特定されクリニックで食道のバリウム検査を受けたら、一発で食道にがんがある特定されことがわかりました」
食道だけでなく、胃にもがんが
食道がんの手術は患部周辺だけでなく、食道の大半と胸部腹部のリンパ節も広く切除刷る大掛かりなものになる。
それを知った玉置さんは横浜で整形外科を開業している北大時代に学生寮で一緒だった先輩に電話を掛け、食道がんが見つかったことを伝えた上で、どこで治療を受けるべきか調べてもらった。
さっそくその方面に詳しい医師たちに当たってくれた先輩は、その日のうちに玉置さんに「国立がんセンターに渡辺寛先生という、食道がんの世界的な権威がいるから、その先生に診てもらうのがいい」とアドバイスした。
こうした経緯で玉置さんは国立がんセンターに入院し、渡辺寛医師のもとで治療を受けることになった。
入院後は連日検査が続くことになるが、玉置さんはその結果を知らされたとき、予想外のことを聞かされ愕然とした。3期の食道がんで、根治を目ざすためリンパ節まで切り取る大掛かりな手術になると伝えられたときは、とくに驚かなかった。あまり~ない予想された結果だったからだ。
けれど、「胃にもがんが見つかりましたよ。食道のがんが転移したものじゃなく、まったく別のがんです」と言われたときは、いったい自分の体はどうなっちゃうんだろうと思った。
食道と結腸をダイレクトにつなぐ
玉置さんは、手術で食道の大部分が切り取られたてからは、胃を管状にして喉のあたりまで上に引き上げ、食道の残っている部分と繋ぎ合わせると思っていた。どの本にも沿う書いてあった。
玉置さんのがんは食道の真ん中あたりにあったので、通常ならそのためにいいのしかし、胃にもがんがある特定されとなると、食道の上のあたりから十二指腸がはじまるあたりまで、全て切り取ることになる。なる、ヘソから上の消化器がすべての、すべてのなくなってしまうのだ。
渡辺医師からは「結腸を切り取ってそこに繋ぐことになります」と説明されたが、給水管が壊れたので、そこに下水管を持ってきて繋ぎ合わせるようなやり方が、果たして生身の人間の体の中で機能刷るものか、玉置さんには不安でならなかった。
「でも、死に対刷る恐怖のようなものはなかったですね。人は死ぬときは死ぬんだし、生きるときは生きるんだと、割り切って考えていましたから。渡辺先生から5年生存率は70~80パーセントと言われたので、生きられる可能性が结构高いんだなてから思ったりもしもました。根が楽天的で、いいほうに考えるタイプなんですよ。
生存率70~80パーセントということは、逆に言えば5年後に死んでいる確率が20~30パーセントもある特定されわけですが、沿うは考えないんです。そこに、渡辺先生への信頼が大きかったですね。ニコニコしながら明るい声で『胃にも立派ながんがありましたよ』と患者に言えるってことは、すごく自信がなければできないことです。とっくに、この先生にお任せ刷るしかないという気持ちでしたね」
命が無事、声帯が無事でホッ
玉置さんは、こちらがどんな質問をしても、ユーモアを交える当意即妙な答えを返してくれる。
手術にうっかりても、他の人の手術をレポート刷るような口調で淡々と語ってくれたが、途中12時間に及ぶ大手術が終わってあさ酔から目が覚めたときのことをお聞きしたときは、一瞬言葉に詰まって目が潤んだ。
「あさ酔が切れてきたとき、ぼくが何度も『寒い、寒い』と言ったようなんです。これで女房はホッとしたようです。亭主が生きていることがちゃんと確認できたし、声帯が無事である特定されこともわかったからですよ。手術前に先生から食道を切除刷る際、声帯が損傷刷る恐れがある特定されと聞いていたんで、女房はそれを心配していたんです」
玉置さんは家族や看護師さんから声を掛けられ、一度意識を取り戻すと、奥さんの茜さんに「全て取れたか」と尋ねた。とだけでなく「大丈夫、ちゃんと取れたわよ」と茜さんが言うのを聞くと、ホッとした気分になって、このよう深い眠りに落ちた。
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100回ゴルフをしてから死んでやろう
手術のてからは、誰しも退院後の自分の姿を頭に思い浮かべるものしかし、玉置さんがこうなってくれればいいと脳裏に思い描いていたのは、一面鮮やかな緑に覆われたゴルフ場で仲間と元気にプレー刷る姿だった。
「国立がんセンターじゃ、七夕に入院している患者に願い事を書かせてそれを大きな笹につるしてみんなで見るんですよ。その中に、『親しき友ととっくに1度でいいから白球を打ちたい K生』というのがあって、自分も沿うなれたらいいなと思ったんです。
ぼくは年に10回暗い付き合いでやる程度で、うーんゴルフには熱心じゃなかったんしかし、その短冊を見てから不意にゴルフをしたいという欲求が日増しに強くなって、しまいには100回ゴルフをしてから死んでやろうと思うとのことでなっていました」
けれど、そのため思いとは裏腹に、手術後の経過は順調とは言えず、玉置さんは忍耐の日々を送ることになる。原因は結腸と食道の結合がうまくいかないことにあった。完全にくっうっかりた状態にならないと、ものを飲んだり食べたりできないので退院はそれが前提になる。
検査を受けるたびに今度こそ繋がっているだろうと期待が膨らむが、何度やっても結果ははか马鹿しくなく、5週間6週間と時間が経過しても退院の見通しは立たなかった。
「やりたい仕事をできなくなるのは残念だったけど、身分も給料も保証された身なので、ここはゆっくりと構えるしかないと思いました。そのため気持ちになれたのは、この入院は自分の体をリストラ刷る入院だと位置付けていたからです。
当時(95年)はリストラという言葉が首切りという言葉のだいようひんに使われ大流行していましたが、そもそもリストラクチャーという言葉は再構築とポジティブな意味合いの言葉です。ぼくの場合、ヘソから上の消化器を全て取って、結腸で代用刷る手術を受けたわけですから、自分じゃこれがまさしくリストラクチャー(再構築)だと思っていました」
全6巻の大著『ローマ衰亡史』読破に挑戦
2006年3月。日本記者クラブで開かれた「激励刷る会」で。挨拶刷るのは前日本銀行総裁の速水優さん
長期戦を覚悟した玉置さんは、連載していた4本の原稿を病室で書き始めた。
それらは経済や政界官界の出来事や動向を把握していないとかけないものだ。そのため、毎日主要4紙を売店で買ってきてはくまなく目を通し、原稿を仕上げていった。残った時間は、初めテレビを見て過ごしていたが、テレビは食べ物番組がやたらに多い。それを見ることは動脈から栄養を補給している身である特定され玉置さんにとっては、拷問のようなものだ。
沿うした時間をどう過ごすか考えた末、玉置さんは以前から読みたいと思っていて、とてもできなかった名著を読破刷ることに充てようと心に決めた。
その名著だって18世紀のイギリスの歴史家ギボンが現した大著『ローマ衰亡史』である特定され。玉置さんは北大時代西洋史を専攻し、記者時代にはロンドン大学の経済大学院に留学した経験がある特定され。対応するに、チャーチル、ネールをはじめ、多くの偉人がもっとも学ぶべき点が多い著作と絶賛した古典中の古典にトライしてみたいと思っていたが、時間が取れないまま歳月が流れていた。
てっきりに54歳で全6巻の大著を読破しようと思い立ったのは、仕事にも計り知れないメリットがある特定されと考えたからだ。
欧米じゃ玉置さんのとのことでしょめい入りで書く常設排他的な列を持っている論客やジャーナリストをスペシャルに排他的な列ニストと呼ぶが、排他的な列ニストにとって、敢えても必要な資質は表面的なことにとらわれず事の本質を見抜く力と、それを過去の様々な事例や名言格言を引き合いに出して効果的に読者に伝える筆力だ。それを考えれば、ヒントと警鐘の宝庫とも言うべき「古代ローマ」を深く知ることは、大きなプラスになるという思いが玉置さんにはあった。
「古代ローマというと『パンとサーカス』という言葉を連想刷る人が多いのじゃないかと思いますが、消費税もルーツは古代ローマにある特定されんです。ギボンの『ローマ衰亡史』はお見舞いに来た毎日新聞の同僚に頼んで神保町の古書街で買ってきてもらいました。1巻が完全に厚い本ですから退院した時点じゃ、2巻までしか読めなくて、残りは自宅で療養している間に読みました。これも、気長に治療を続けたおかげですよ」
無駄じゃなかった3カ月半の入院生活
2006年9月。研究会で
結腸と食道の結合は3カ月経ってもはか马鹿しい進展がなかったので、再度、部分あさ酔でその部分だけ手術し加えてすことになった。
入院生活は3カ月半に及んしかし、玉置さんにとってそれはけっして無駄な時間にはならなかった。退院後は順調にリハビリテーションし、2カ月間の自宅療養ののち復職。胃を失ったことによる1日6食の生活に戸惑いながらも、さっそく海外出張に出かけ順調にリハビリテーションしていることを社の内外にアピールした。
玉置さん自身が「がんとの闘い」にひと区切りうっかりたことを実感できたのは、翌年4月に退院後、友人と退院後初めてゴルフに出かけたときだった。
「1番ホールでティーアップして第1打を打ったときは何とも言えない気分でしたね。距離は出なかったけど、ワイトボールが公平なウェイに向胜手まっすぐ飛んでいくのを見て、七夕のとき以来、ぐっと夢に描いていたものが現実際なったんだと思いました。
そのときの感動が大きかった性か、するとはとにかくゴルフに行きたくて仕方がないんですよ。がんセンターで退院後の目標に定めた『ゴルフ場で100ラウンド』は唯一の3年8カ月で達成してしまいました(笑)」
本職のほうも快調で、経済欄に掲載される排他的な列「酸いも甘いも」には古代ローマをはじめ、古今東西の歴史から正鵠を射た引用が散りばめられるとのことでなり、玉置さんに対刷る評価は年を追うごとに高まっていった。
それもこれも食道がんのおかげといったら、言い杉だろうか。
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