がんになっても-希望と新しい生活

2009 年 3 月 27 日 金曜日

渡辺亨チームが医療サポート刷る:子宮頸がん編

カテゴリー: 各種がん — lapss @ 3:27 AM

きたがわ りょう
1969年福岡県生稀。
95年九州大学医学部卒業後、九州大学医学部付属病院産婦人科を中心に九州の各病院で産婦人科医師としてけんしゅう。
その間、より高度な化学療法の知識習得の必要性を感じ、01年国立がんセンター中央病院乳腺・婦人科腫瘍内科チーフレジデント。
03年静岡県立静岡がんセンター女性内科副医長を経て、04年7月より久留米大学医学部婦人科へ。
モットーは「一期一会」

ステージ2aの扁平上皮がん。子供はあきらめなければならないの?

生理が終わって2週間しか経っていないというのに、38歳の女性に不正出血があった。近所のクリニックで診てもらうと、
思わぬ「がん」の疑い。

じゃ、コルポスコープを用いてこのよう詳しい細胞診、組織診の検査を刷ると、すべての後子宮頸がんに間違いなかった。

生理から半月で不正性器出血

横浜市に住む山下佳代さん(かな)は38歳の専業主婦。3歳年上の夫・和夫さんは地方公務員で、小学3年生の長男・健太君がいる。健太君も「弟か妹が欲しい」というので、ここ1、2年妊娠を計画してきたが、子供派手きなかった。

佳代さんは、日ごろはテニスなどときどき運動もしもているし、自分じゃ健康だと考えている。長男の妊娠・出産で世話になった近所の産婦人科Yクリニックからは出産以来足が遠のいていた。このよう「自分はましかしん年齢でもないし」という思いもあって、市が行う定期検診も受けていなかった(*1子宮頸がんの好発年齢)。

[子宮頸がんを疑う症状]

性器出血

帯下(おりもの)の異常

下腹部このよう腰の痛み

性交中の痛み

2003年11月、佳代さんは前回の生理が終わって2週間しか過ぎていないのに出血が始まった(*2不正性器出血)。

にゅうよく中にも大量出血し、中にソラマメ暗いのかたまりも混じっている。「可笑しい。まだ更年期には早杉るし、子宮筋腫か何かかしら?」と思った。うーん、重大なこととは思わなかったが、Yクリニックを訪れることに刷る。

Y院長は、最初の「最近、疲れ安いとか、体調が悪いとかはないんですか?」、「いつから不正性器出血に気がうっかりていたのですか?」など、問診を刷る。続いて佳代さんは内診を受けた(*3視診・内診の意義)。

とっくに子供派手きないかもしもれない

「腫瘍が見えます。これは子宮頸がんでしょう。ステージ2aですね」

内診台で横になったままの佳代さんに、Y院長はコルポスコープで診察しながら沿う話した(*3視診・内診の意義)。思わぬ「がん告知」に佳代さんは「えっ」と驚きの声をあげる。

「細胞診と組織診の標本を取ったので検査に出します。水曜日には確定診断の結果が出ますので、このよう来てください」という言葉が続いた。

その夜、仕事から帰った夫に、佳代さんは「私、子宮頸がんになったみたい。ステージ2aしかし」と告げた。夫はすごくショックを受け、動揺した様子を見せる。

「そ、沿うか。お前の身内にはがんになった人はそれほどいないはずなのになあ。でも、2aならそのために進んでいないんだろう? きっと軽いがんだよ」

「子供はとっくに無理かもしもれないわ。健太が寂しがるわね」

「何を言っているんだ。お前の健康がいちばん大事な問題だよ。そこに子宮頸がんの手術を受けたてからで、子供を作った人しかしいるよ。妊娠できなくても、アメリカの代理母で子供をつくったタレントもいるじゃないか(*4体外受精の可能性)」

「そのため。あんなこと刷るのにいかにかかると思っているのよ。サラリーマンの家庭じゃ、すごく用意できるお金じゃないわ」

2人はお互いの不安を打ち消しあうとのことで、この日は色色とおしゃべりを続けていた。

組織診=疑わしい部分から細胞のかたまりである特定され組織を切除し、顕微鏡で悪性かせめてを調べる。

細胞診の結果は「クラス4」

佳代さんは検査の結果を聞きにYクリニックを訪れる。この日は診察がなく、院長は佳代さんを診察室に呼び入れ挨拶を刷ると、佳代さんを正面に見据えて、こういった。

「細胞診の結果、クラス4(*5細胞診のクラス分類)と出ました。がんの疑いが強いということですが、組織診じゃがんが確認されています。でも、今の段階ならがんだとはいえ、治療で治る可能性はある特定されので、それほど気を落とさないでください。うちじゃ詳しいがんの検査も治療も、行っていないので、S病院のK先生に紹介状を書きます。ちょっと廊下でお待ち頂けますか」

看護師に付き添われて廊下に出た佳代さんはソファーに腰を下ろした。Y院長が「がん」という言葉を出す度に、えもいわれぬ不安がこみ上げてくる。毎日、元気に暮らしていたつもりなのに、どのとのことでなく病魔が忍び込んでいたのだと、改めて思い知らされる。

翌々日、S病院のK医師を訪れる。

「子宮頸がんだということですね。念のため、とっくに一回細胞の検査からさせてもらいますよ(*6子宮頸がんの診断法)」

紹介状に目を通すとK医師はこう話す。佳代さんはこのよう内診台に上らなければならなかった。とだけでなく、この日の検査が終わって佳代さんはK医師から、「ステージ2aの扁平上皮がん(*7子宮頸がんのステージ)です」と伝えられた。

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試行錯誤の中、彼女を捉えたのは、放射線化学療法という新療法だった

2a期子宮頸がんが見つかった38歳の山下佳代さん(かな)。

治療として、手術か放射線治療か、どちらを選ぶべきか調べていくと、どちらにも欠点がある特定されことがわかった。

このような試行錯誤の中で、彼女の心を捉えた治療法が現れた。

放射線と化学療法を同時に併用刷る放射線化学療法という新しい治療法であった。

手術か放射線治療か

かかりつけのYクリニックで子宮頸がんが見つかった38歳の山下佳代さん(かな)は、Y医師の紹介でS病院のK医師を訪ねた。とだけでなく、詳しい検査の結果、2a期の扁平上皮がん(*1)である特定されことを告げられた。そのてから、K医師はこう伝えた。

「2期の子宮頸がんの5年生存率は、だ痛い7割暗いです」

Y医師から「あまり~ない助かる範囲」と聞かされてきた佳代さんは、愕然と刷る。

「Y先生は『あまり~ない助かる範囲』っておっしゃっていたのに、5年以内に3割も死ぬ可能性がある特定されどんなに……」

改めて、厳しい現実を知らされる思いだった。そこへK医師は、なお戸惑う難題を突きつける。

「2期の子宮頸がんの治療法は、外科手術と放射線治療(*2)があります。どちらも有効性は変わらないという報告があります。どちらを選ぶか、できたら今、お返事をい马鹿りければ手術待ちの患者さんのリストに入れられるので有难いのですけどね」

てっきりに不意にそのためことを言われても、佳代さんは何も選択の材料を持っていない。体にブレードを入れられる手術も、放射線を浴びる治療も、どちらも体にダメージがある特定されこと暗いはわかるが、それぞれどんな障害が現れるのかもときどきわからないのそれで、比べようがない。その佳代さんの困惑した表情を見て取ったのか、K医師はこんな説明をした。

「簡単にいえば、手術は痛いし、神経も傷つけたり刷るので障害が早く出安いのですが、卵巣機能や腟の機能は守ることができます。とっくに一つの放射線治療は、傷ができないわけですから当初はダメージは少ないかもしもれま線が、てからになって色色な障害が起こる可能性があります。山下さんの場合、体力はあまり~ないある特定されようですから、手術のほうが確実際がんの部分もなくなっててからの心配も少ないのじゃないでしょうか。日本じゃほとんどの施設で手術が一般的となっています」

てっきりに佳代さんは、これだけの説明じゃ、まだそれぞれの治療法の効果や副作用を理解できない。马鹿り、それまで、「できたらとっくに一人子供を生みたい」と考えていたが、それはいずれの場合もあり無理な相談らしいことはわかった。

「すごく今ここですぐお返事派手きま線。ちょっと考える時間をい马鹿りけま線でしょうか?」

佳代さんはこう言うのがせいいっぱいだった。

手術の後遺症は辛いわよ

自らのがんの治療法の選択という問題を突きつけられた佳代さんが思い出したのは学生時代の友人の一人である特定されS子さんだった。S子さんは子宮がんにかかり、子宮・卵巣を全摘している。見舞いに行ったとき、ときどき痛がっていたようだった。「自分もあのとのことでなるのだろうか?」と不安が広がっていく。

佳代さんはS子さんに電話して、がん患者の先輩としてアドバイスを受けることにした。電話に出たS子さんは元気沿うだったが、佳代さんががんを告知されたと聞くと、途端にちょっと低い声になった。

「今も更年期障害やリンパ浮腫(*3)ですごく辛い思いをしているのよ。手術がとてもなのはそのときだけじゃないわ」

「まあ、沿うなの。病院の先生は『手術をすれば、ちっとも治る』っておっしゃっていたけど、そのためことないのね」

「手術しなくていい方法がある特定されなら、とにかくそちらの治療法にしなさいよ(*4子宮頸がんの治療法の選択)」

佳代さんは不意に「手術は避けたい」という気持ちになっていく。なおも放射線治療を受けたとき、どんな障害が起こるのかもときどき知らない。「自分で調べるしかない」と考え、インターネットで調べることにした。

放射線化学療法という選択肢

インターネットを検索刷ると、医療機関やがんの患者団体のホームページ、メーリングリストなどで、子宮頸がんに関刷る情報が数々はっしんされている。「できたら手術を避けたい」と思っている佳代さんしかし、放射線治療も完全じゃないことがわ胜手きた。

その中で佳代さんはある特定され患者が作っているホームページに目をとめる。自分と同じ2a期の患者しかし、「放射線化学療法(*5)」という治療法を受けているという。放射線治療と化学療法を同時に併用刷るこの治療法は欧米じゃとっくにもはや標準治療となっているとのことだ。患者は、「抗がん剤の副作用はちょっとある特定されけれど、放射線治療は毎回『これでおしまい?』と思うほどラクだ」と書いていた。それを見て佳代さんは、「この治療は選択肢の一つになるんじゃないかしら?」と、何か宝物でも見つけたような気持ちになっている。

い良いよ佳代さんはS病院のK医師に、治療法にうっかりての返事を刷る日を迎えた。S子さんの体験談などから、「自分には手術より放射線治療のほうがいい。だったら、より成績が良い放射線化学療法がベストじゃないか」という結論を出していた。

「放射線化学療法? 困ったことをおっしゃいますねえ。手術や放射線治療とそれほど成績は変わらないと思いますけどね。うちじゃその療法のノウハウがないんですよ」

佳代さんの希望を聞いたK医師の第一声はこれだった。とだけでなく、まゆをよせて考え込む。「私の母校のJ大学の付属病院でやっていると思います。とにかくそっちをご希望なら、ご紹介しましょう」

佳代さんは、「とにかく」と希望刷るほど、まだあまり~ないに放射線化学療法を知っているわけじゃなかった。できたら、K医師からこの療法にうっかりて詳しく話を聞き、いいところと悪いところ、自分が適応である特定されかせめてを聞きたかったのだ。

もしもK医師が放射線化学療法にうっかりて知らなくても、そこにうっかりて調べてくれた上で、「自分は自分のできる方法でせいいっぱいやるから」と話してくれればすべての、すべてのをまかせてもよかった。が、K医師は、その期待には応えてくれなかったようだ。

「申し訳ありま線が、おそらく怖い放射線化学療法で治療を受けたいと思います。J大学の先生にセカンドオピニオン(*6)を受けたいので、紹介状を書いてい马鹿りけま線でしょうか?」

佳代さんは、自分でも驚くほどきっぱりとした調子で話していた。

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さまざまな障害を乗り越えて、うっかりに放射線化学療法の治療を受けた

2a期の子宮頸がんになった山下佳代さん。

担当医から「手術か、放射線治療か」の選択を迫られた中で、彼女が密かに希望の灯を託沿うとしたものがあった。

放射線治療でもない、抗がん剤治療でもない。

その両者を組み合わせた放射線と抗がん剤の同時併用療法であった。

とにかく放射線化学療法を受けたい

2004年1月20日、2a期の子宮頸がんに対して、「手術か、放射線治療か」の選択を迫られていた山下佳代さん(かな)は、K医師の紹介でC大学病院婦人科のM教授にセカンドオピニオンを求めて受診した。佳代さんは関心を持っている放射線化学療法(放射線と抗がん剤の同時併用)にうっかりて、インターネットを使ってとっくに一度懸命に勉強し直していた。とだけでなく、この日、M教授に「とにかく放射線化学療法で治療を受けたい」と主張刷るつもりだった。

「放射線と抗がん剤の同時併用療法を求めてご相談に見えた沿うですね。ご存じだと思いますが、この治療法は日本全体でもまだそれほど行われていま線。この病院でも3年ほど前に始めた马鹿りで症例は少なく、まだ生存率のデータも出ていま線。そこに、日本じゃ子宮頸がんに対刷る放射線治療は、基本的に手術できない患者さんを対ぞうにしており、放射線化学療法の対ぞうも約同じ患者さんになっています。なる、手術で取りきれ沿うな場合は、できる限り取る方向性は変わっていま線。その意味じゃ、山下さんは放射線化学療法の対ぞうにならないのですが(*1放射線化学療法の適応)」

M教授は佳代さんにはじめにこう説明した。けれど、これは、佳代さんにとって、事前の予想していたことである特定され。

「でも、先生、子宮頸部扁平上皮がんに対しては、手術と放射線治療で予後は変わらないし、欧米じゃ放射線単独よりは化学療法を同時併用刷るほうが予後がときどきなることが証明されている沿うですね。そこにもかかわらずどうして日本じゃ行われていないのですか? おそらく怖い手術を受けて、てからで悔やむことになりたくないのです」

佳代さんの思わぬ“反撃”にあって、M教授は目を丸くし、「それ」と考え込んでしまった。とだけでなく短時間して、なんとか口を開く。

「すごくときどき勉強されたんですね。でも、日本でいくつかの施設で行われている放射線化学療法は、欧米とはやり方が違っているんですよ。ですから、欧米のエビデンス(根拠)をそうした日本にあてはめて良いかはわかりま線。なる日本じゃ、手術や放射線治療より放射線化学療法の成績がいいかせめてはまだわ胜手いないんです(*2日本と欧米の放射線化学療法の違い)」

「でも、おそらく怖い手術を受けてリンパ浮腫や排尿、排便障害などの合併症に苦しむよりは、日本の放射線化学療法が欧米より成績が劣るかもしもれなくてもそちらに賭けたいと思います。とにかくこの病院で放射線化学療法を受けさせてください」

M教授はこの熱心な佳代さんの申し出に、多いに心を動かされた。

「わかりました。山下さんが当院の放射線化学療法の対ぞうにならないといっても、別にやってはいけないというわけでもありま線。山下さんのご希望に沿って、せいいっぱいやらせてい马鹿りきましょう」

放射線治療は“楽勝”と思ったが

2003年4月25日、佳代さんはK大学病院に入院刷る。さっそく1日目から放射線化学療法の治療が始まった(*3放射線化学療法の治療スケジュール)。

最初の体外からの放射線照射を行うために、お腹とお尻に油性インクでマークがつけられる。治療台にパジャマを着たまま仰向けに寝て、マークのところだけ開いて、このマークを狙って放射線が当てられるのだ。

「短時間動かないでくださいね」

この声で、最初は後ろから約30秒間の照射が行われた。続いてお腹のほうに同じく約30秒間の照射が行われる。

「痛くも熱くもないわ。がんと戦っているどんなに信じられない」

佳代さんは照射を受けながら、こんなふうに思う余裕さえあった。2週間てからに始まる腔内照射も、欧米じゃ1日がかりで行われて患者の負担が大きい「低線量率照射法」という方法を使っているのに、日本じゃ短時間で終わり患者の負担が小さい「高線量率照射法」が用いられることになっている(*4高線量率照射法と低線量率照射法)。

なおもそのてから、病室に戻って静脈内投与が始まると、佳代さんは「“楽勝”じゃないわ」と思い知らされることになる。最初は4時間ほどかけて生理食塩水が静脈内投与され、最終的に輸液に混ぜた抗がん剤のシスプラチンの静脈内投与、このようふたたび生理食塩水が静脈内投与される。合計10時間以上チューブにつながれっぱなしで、その間2~3時間おきに尿意をもよおし看護師を呼ばなければならない。

「こんなのを6週間も続けるどんなに、耐えられるかしら」

仕事が終わって、見舞いに立ち寄った夫に、とっくに愚痴をこぼしていた。

退院の日、苦労した後の満足感

2004年3月10日、佳代さんは退院の日を迎えた。「いつ終わるのか」と憂鬱になることもあったけれど、終わってみればあっというまに過ぎてしまったような気が刷る。ちょっとげりが続いたこともあったし、短時間はそれほど水分もとれずあまり~ない静脈内投与をされたこともあった(*5副作用に対刷るケア)。放射線が直接当てられる肛門、外陰部、下腹部の皮膚がヒリヒリして困ったこともあり、これは塗り薬をもらって対処した。入院時の体重は50キロを超えていたが、今は48キロとなっている。

そのためにも、今は気分も悪くないし、まして体が軽くなって爽快感さえある特定され。がん患者の先輩である特定されS子さんのとのことで手術で痛い思いを刷ることもなかったし、入院途中の週末には外泊もしもて、親子3人水入らずの団欒を過ごすこともできた。時々、「通院でも治療できたのじゃないかな」と思ったことさえある特定され(*6放射線化学療法の外来治療の可能性)。

退院直前に、M教授からMRI画像を見せてもらった。入院時に4センチ近くあった腫瘍が1センチ暗いになっている。体積辛いえば数10分の1暗いだ。

「1センチ幅の中じゃ、腫瘍は抜け殻のような状態になっています。これは1、2カ月刷ると、画像でも確認できなくなっていると思いますよ」

和やかな表情で、教授は沿う話していた。

「放射線化学療法を知らない人や受けられない人もいるのに、自分はM教授に希望刷る治療を受け入れてもらうことができた(*7放射線化学療法のための環境)。今まで『すべての、すべての先生にお任せします』といってきた自分が、一生懸命調べたうえで勇気を出して希望した結果が受け入れられ、その結果にすごく満足している。『災い転じて福となす』だったのじゃないだろうか」

佳代さんはそのためふうに思っていた。

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