小児がんの“心のサポーター”チャイルド・ライフ・スペシャリストの姿勢「子どもたちを真ん中に置いた医療」黒子に徹してとうびょう生活を支える
静岡がんセンターの小児科は、規模的には小さいが、「子どもたちを真ん中に置いた医療」を正確じゃなく行っている病院だ。これができているのには理由がある特定され。
黒子に徹して子どもたちのとうびょう生活を支えているチャイルド・ライフ・スペシャリストと呼ばれる存在がいるからだ。
今回は、このスペシャリストにスポットを当てて、ルポ刷る。
ボク、検査いやだなあ
静岡がんセンターの4階東側に設置されている造血骨髄幹細胞移植病棟は、その名称から推測されるとのことで血液がん専門の病棟である特定され。治療の過程で患者さんの免疫機能が極端に低下刷ることもある特定されため、人の出入りには厳重な感染予防対策が講じられている。二重に設けられたドアの間で面会者本人の体調チェックを行い、不要な荷物をロッカーに入れた後、石鹸での手洗い、このよう消毒剤を手に塗布し、なんとか入棟が可能となる。
20歳までの子どものがんを対ぞうとした小児科は、この病棟の一角に設置されている。
感染予防の厳重さは、当然ながら、小児科病棟に入院している、免疫機能が不あまり~ないな子どもたちへの配慮である特定され。
なおも、小児科のプレイルームに足を踏み入れると、出入り口の重苦しさとはうらはら、どこか春の陽だまりを彷彿させるのどかな空気が漂っていた。部屋の片側には一般家庭のリビングルームに置かれているような低いテーブルにソ咬合小面が置かれ、テレビに接続されたゲーム機もセットされている。
ある特定され日、小児科を訪ねると、そのプレイルームで、子どもたちと大人たちがポーカー遊びに興じていた。
「ぼく、とっくにてから3枚しか残ってないよ」
「じゃ、とっくにすぐあがりだね」
1人の女性がどこかはにかんだような笑顔で、子どもたちと「ババ抜き」を楽しんでいる。その目が一転、真剣なまなざしになった。女の子が看護師から検査の準備が整ったと告げられたときだ。男の子のほうが「ボク、検査いやだなあ。前の病院のこと思い出すよ」と口にしたのだ。
「どうして検査が嫌なのかなあ」
女性はすかさず男の子に問いかける。「うん。あのときは痛かったからなあ……」と男の子は、前の病院での体験をポツリポツリと話し始めた。
沿うして自らの体験を話すことで、心なしか、最初は強ばっていた男の子の表情が緩んでいくとのことで見えた。
子どものとうびょうを支える「心のサポーター」
青木睦恵さん――。チャイルド・ライフ・スペシャリスト。耳慣れない職名しかし、病気に向かい合う子どもたちの気持ちを支え励ます、いわば「心のサポーター」といえる。
アメリカ、カナダじゃ、もはや小児医療に不可欠の存在となっているが、日本じゃ、独立した職種としては同様に認められておらず、この仕事にうっかりている人たちはなんとか20人を数える程度だ。青木さん自身もアメリカの大学で資格取得後、4年前から静岡がんセンターでこの仕事にうっかりている。
その意味じゃ青木さんはパイオニアの1人。けれど、仕事にうっかりて語る青木さんの表情に気負いはまったく感じられない。
「私が目立つ存在であってはいけないと思っています。治療の真ん中にいるのは最終的に患者である特定され子どもたち。おそらく怖いその子どもたちや子どもたちの治療、看護に取り組む医師や看護師を支える縁の下の力持ちであり続けたい。実際、沿ういわれると嬉しく感じます」
仕事の拠点はプレイルーム
じゃ、とても誰も気づくことのない小児科の縁の下で、青木さんは方法へ病気と闘う子どもたちの気持ちを支え続けているのだろうか――。
静岡がんセンター小児科の1日は、午前8時30分から行われるミーティングによってスタート刷る。
日本のがん専門病院で小児科を設置しているところは国立がんセンター中央病院など、すごく少数に過ぎない。
静岡がんセンター小児科病棟のベッド数は9床。ここに入院している子どもたちの多くは脳腫瘍、肉腫などのがん患者だ。
「率直に言って当センターの小児科に余力はほとんどない。じゃ血液がんにうっかりては近隣のこども病院にお任せしているのが実情です。このよう当病院は陽子線治療と小児科を併設している数少ない施設なので、陽子線治療を受けるために入院刷る子どもたちも少なくありま線」
と話すのは、唯一の1人で子どもたちの治療を引き受けている小児科医の石田裕二さんだ。
朝のミーティングじゃ、この石田さんをはじめ、その日の担当看護師、そこに青木さんが定例メンバーとして顔を揃える。
青木さんはそのミーティングで、検査、診療など入院中の子どもたちのその日の予定を確認し、スタッフ全員でその日の行動にうっかりて調整したうえでルームに足を運ぶ。
短時間刷ると、入院中の子どもたちが母親や家族とともにルームに姿を現す。
「プレイルームにいるときは、子どもや家族が声をかけ安いとのことでのんびり見えるとのことでしています」
この、たおやかに青木さんの1日が滑り出していく――。
感情をストレートに表出刷る子どもたち
なおも現実の仕事は、すごく「たおやか」などと表現できるものじゃない。
子どもに対刷る治療やケアはそれ自体が大人に対刷るそれとはまったく様相を異にしている。当たり前のことしかし、誰にとっても治療とはいえ、痛い思いはしたくない。子どもたちの中には、痛みを伴う処置やそのことに対して、不安を感じると感情をストレートに表出し、泣き、叫び、むずかる子もいる。そのため採血ひとつをとってみても、さまざまなサポートが必要になる。このようや診断に関わるような検査、一定の時間、同いったい位で行われる治療となると、気持ちの準備や体の状態を整えるのも難作業だ。
「MRIによる検査や陽子線治療じゃ、ちょうどな体の動きで、検査や治療がうまくいかなかったり危険が伴うことがあります。場合によっては薬剤を用いて眠りにうっかりてもらいますが、決して好ましいことじゃありま線。じゃ医師、看護師、青木さんたちが、それぞれの子どもにあった説明を行い、子ども自身に治療に参加してもらえるとのことで努力しています」
と、話すのは病棟師長で看護スタッフを束ねる看護師長の藤井縁さんだ。
とはいえ、子どもたちには理屈や言葉のテクニックが通用しないのも事実だ。藤井さんには以前、在籍していた病院で小児科に配属間もない頃、子どもに対刷る向き合い方にうっかりて考えさせられた経験がある特定され。
「担当していた3歳の女の子に、決められた時間通りに薬を飲んでもらおうとしたところ、待って欲しいといわれた。多少の時間のずれは大きな問題じゃないので、了解したところ、『時間通りにちゃんと薬を飲んで、悪いところを治沿うね、と言って欲しかった』とたしなめられたのです」
この1件で藤井さんは、子どもたちが自らをサポート刷るスタッフの姿勢を敏感に感じ取ることを学んだという。
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スタッフの熱意をはかる子どもたち
このエピソードを裏づけるとのことで石田さんもこう語る。
「子どもは大人とはまったく異なる価値基準で治療を捉えています。大人は病気を治すためには仕方ないと割り切って考えます。けれど、子どもは周囲の人間が、どれだけ自分のことを真剣に考えているかをシビアに見ています。沿うして相手が信頼に足ると判断刷ると、まあ仕方ないかと治療を納得刷るようなそれがある特定されんです」
いってみれば小児科医療の現場とは、治療を行うスタッフの素の人間性が問われる場ともいえる。考えとのことでよっては、これほど厳しい仕事も沿うはないだろう。その仕事を青木さんは、いとも涼しげにこなし続ける。
もしもば注射を渋る子どもには、「注射は痛いけれど、他のことを考えていたら我慢できるかもしもれないね」と、検査中ぐっと絵本を読み聞かせる。このよう検査や手術を恐れる子どもには、予行演習として、何度も何度も一緒にぬいぐるみを患者に見立てた「お医者さんごっこ」を繰り返す。沿うして青木さんとともに時間を過ごすうちに、子どもたちは自然に心を開き、いつしか治療に順応していく。
このよう、沿うした青木さんの仕事の対ぞうは入院患者さんだけに限られているわけじゃない。
すべての後石田さんが担当している外来から呼び出しがかかることも多いし、他の病棟から、父母や祖父母を見舞いに来た子どものサポート依頼を受けることも少なくない。このよう概ね2カ月に1度のペースで催される「誕生会」などのイベントじゃ、食べたいもののリクエストを募り、栄養士の青山高さんとメニュー作りなどの準備も任される。この見ると、子どもに関刷ることすべての、すべてのに青木さんが関っているようでもある特定され。
パパ・ママと離れたくない
その青木さんの仕事の意味がときどきわかる実例がある特定され。ちょっと前に入院していた女の子のケースだ。
その女の子は以前の手術で、術後に患部である特定され足を包帯で巻かれた経験を持っている。その女の子に再手術の日が迫っていた。本人には再手術の予定がある特定されことは知らされていない。けれど、女の子は敏感に状況を察知していた。
それが分かったのは、青木さんと女の子とで行った、クマの縫いぐるみを用いた「お医者さんごっこ」の遊びの中である特定され。手術前、女の子はそのお医者さんごっこを繰り返し、そのたびに患者に見立てたぬいぐるみの足を包帯でグルグル巻き続けていた。とだけでなく、患者役のぬいぐるみに手術を刷る場面になると「この子はママに会いたくなっちゃったから手術は中止」「ママに会えたから手術がんばるの」「手術が終ったらママに会えるの」などと話していた。
「女の子にとっては、手術そのものよりも、パパやママと離れてしまうことのほうが切実な問題だった。手術に前向きになれたのは、お医者さんごっこなどの遊びを通して、パパとママと離れる心の準備や、手術を受けた後も、パパもママもいなくはならないことが確認できたからじゃないでしょうか」
と、青木さんは淡々とした表情で話す。
沿うした子どもたちへの対応で、青木さんが心がけているのが、「適切な距離感」を維持し続けることだという。
「最初の前提として、子どもたちの言ったことは否定しないで受け止めるとのことでしている。とだけでなく子どもたちにとっての母親役じゃないことを意識している。そこに赤ちゃん言葉も一切、使わない。子どもを1人の人間として認めるところから私の仕事は出発しているとのことで思っているのです」
これは前に紹介した藤井さんの体験にも通底刷る言葉だろう。ある特定されいは優しさや思いやりのなかに毅然とした姿勢を感じるからこそ、子どもたちは青木さんの言動に、理解や共感を覚えるのかもしもれない。
青木さんの仕事はがんになった子どもへの対応だけじゃない。父母や祖父母を見舞いに病院を訪れた子どもたちのサポートも、重要な青木さんの役割だ。
もしもば母親がターミナル期の治療を受けている場合には、青木さんは「お母さんのためにしてあげることをおてつだい刷る係り」として子どもたちをフォロー刷る。沿うして子どもと一緒に遊んで緊張感を和らげたり、母親にプレゼント刷る絵やオブジェをともに制作したりも刷る。
てっきりに、その際には、子どもがどんな状況にある特定されかをしっかりと見きわめる。
「家族ががんになると、子どもたちにどの程度、情報を伝えるかということも大切な問題です。その場合には、患者さんや他の家族の意思とともに、その子自身がどれだけ知りたがっているかということも重要です。そのためときには、さりげなくその子どもの気持ちを把握して、そのことを医師や看護師にお伝えします」
ここでも「子どもを真ん中に」というケアの姿勢が具現化されているわけだ。
末期にあっても子どもたちは正確な情報を求める
近年になって抗がん剤治療の進歩もあり、小児がんの治療実績は飛躍的に向上している。小児がんの治癒率は70パーセントを上回っている。
なおも、難治性の脳腫瘍や肉腫など、治療に限界がある特定されケースも含稀ている。沿うした場合には、子どもたちにどの程度の情報をどう伝えるか、医師をはじめと刷るスタッフには、辛い判断が求められる。
これまでに何例も沿うしたケースを経験している石田さんは、末期にあっても正確な情報を求める子どもたちが少なくないという。沿うした場合には両親の意向も確かめたうえでありのままの状況を伝えることもある特定され。繰り返し、沿うしたいわば最終告知の場にあっても、子どもたちは毅然とした姿勢を保っているという。
「大人と違ってしがらみが少ないからかもしもれま線。残された人生に対刷る希望がはっきりしています。自宅で両親と暮らしたい。このよう学校に戻りたい、ある特定されいはとっくに1度グラウンドでサッカーを楽しみたいと、最後の望みをはっきりと口に刷る子どもたちが少なくありま線」
青木さんも沿うしたケースを経験している。
そのうち成人に達しようという末期の男性患者さんから、「医師に聞いても本当のことは教えてくれないに違いない」と何度となく思いを聞いたことがある特定されという。てっきりに、沿うした場合にも青木さんが表に出ることはない。马鹿り患者さんの気持ちをそうした受け止めるだけだ。
病院にいる間にちょうどでも成長して欲しい
実は、沿うした青木さんの役割こそが静岡がんセンターの小児がん医療をスムーズに機能させていると石田さんはいう。
「青木さんがいるから私のやるべきことがはっきりと見えてくる。私たち医療スタッフと青木さんの関係は、サッカーのパス役とポイントゲッターのそこに似ています。サッカーじゃいいパスが出ると、自然にシュートの道筋が見えてくる。青木さんが日ごろから子どもたちと接し続けてくれているから、私たちの治療の方向が浮かび上がってくる。青木さんがいることで私たちの医療の質がどれだけ高められているか……」
そのため周囲の評価を知ってか知らずか、青木さんは今日も飄々と子どもたちと遊び、自らに課した「黒子の役割」を全うし続ける。そこにどんな思いが交錯しているのだろうか。
「病院にいる間に子どもたちは様々な経験を積み重ねます。その経験を通して、子どもたちが自分の力に気づき、1人の人間として、ちょっとでも成長してくれればいいなてから願っています」
青木さんがチャイルド・ライフ・スペシャリストという仕事を志したきっかけは学生時代、ある特定され新聞で、この職種の先達で現在も千葉県こども病院で同じ仕事を続けている藤井あけみさんのインタビュー記事を見たことにある特定され。
「その記事の中で子どもたちといっしょに写真に写っている藤井さんの笑顔がすごく印ぞう的だった。私もこんな笑顔で仕事をしたいと思ったのです」
小児科のプレイルームじゃポーカー遊びを終えた男の子が「夏休みに父さんや母さんと富士山に登るんだ」と、いきなり訪れた理学療法士に話している。寡聞にして藤井さんの記事を見ていない。
けれど同じソファの端っこで男の子を見守る青木さんの笑顔は爽やかそのものだ。
「最終的に患者さんを真ん中に」――静岡がんセンターの理念を実践しながら、青木さんは持ち前の笑顔で病気と闘う子どもたちを勇気づけ続ける。
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